馬鹿だな、と言ったら君は笑って、僕は顔を顰めた。
君の前で涙なんて流すわけにいかない。君の前ではカッコつけたい、という僕のささやかなプライド。
君を見かけたのは数日前。僕は店内に、君は窓を挟んで外で誰かを待っていた。店先で待ち合わせをしている人間は時々いる。僕は仕事に戻る。
一作業終えて顔を上げたとき、君はまだ窓越しのそこにいた。外で待たなくても、店内に入ればいいのと思いながら、僕はまた仕事に戻った。梅雨時の雨は冷たくて、外の肌寒さを思うと立ち尽くす君を馬鹿じゃないかと思った。
僕が次に目を上げたとき、君は哀しそうな顔で立ち去るところだった。ずいぶん長い時間、君を待たせたのは誰だったのだろう。
僕は翌日も君を見かけることになる。きっと君は気づいていなかっただろうけれど。
その次の日も君は待っているようだったから、僕は思い切って君に声を掛けたんだ。
「待ち合わせ?」
不意に声を掛けた僕を、君はずいぶん警戒していた。
「ずいぶん待ってるようだから」
君は戸惑い顔をしたものの、
「たぶん、来ます」
曖昧に答えた。
「たぶん?」
「待ち合わせというか、私が勝手に待ってるだけなんです」
どういう意味だろう。
君は恥ずかし気に頬を染め、
「時間だけ約束して、日にち、約束しなかったから」
消え入るような声。
そういうことか。
「馬鹿だな」
と言ったら君は笑って、僕は顔を顰めた。心臓が痛い。どうやら僕は恋が始まる直前に、振られてしまったようだ。恋なんては始まりもしなかったのに、それでも心は痛む。
「じゃあ」
声を掛け、彼女から離れる。向こうから男が小走りでやってきた。大した男じゃないな、と思った。
お題配布元:
リライトさま →組込課題・文頭
http://lonelylion.nobody.jp/
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