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30分で創作小説

誤字脱字意味不明等々あってもそのまま公開。あとで手入れしたものをサイトに載せる予定

  • 2024年11月24日

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  • 2019年12月08日

子を想うような愛情を、恋情と勘違いしているのが分からないのか。


子を想うような愛情を、恋情と勘違いしているのが分からないのか。
 傍から見ていて、私は危機感を覚える。
 だが、それを面と向かって言うほど、私は彼女たちと親しくはない。ワイドショーを見るように、更衣室で語られる彼女たちの恋愛の行方を聞きかじるだけだ。
「いずれは結婚しようと思っているんだ」
と、牧瀬は嬉し気に言うが、竹中主任は年上だが、精神年齢はずいぶん低いと思わざるをえない。
 社会人として天然、とかマイペースと周囲に思われているが、あれはそういう類のものではないと私は見ている。あれは、中身が子供なのだ。
 だが、決して中身が子供であることを悪いと私は思っていない。そういうタイプの人間は得てして探求心が強く、興味を持つと熱中しやすく、がむしゃらに突き進む。
 実務的な結果を出すのは彼らのようなタイプであることが多い。ただ、彼らには出世欲や向上心はない。やりたいことをやりたいだけなのだから。
 牧瀬から語られる竹中主任とのやり取りは、母親と息子のやり取りに似ている。
 「年上だけれど、可愛いところがある」
と常々いうが、それは彼女の母性が感じている愛情でしかないと推測する。決してそれは恋ではない。
 彼女はそのうち気づくだろう。竹中主任との間にあるものは恋ではなく、憧れであり、母性でしかなかったことに。
 そしてそれに気づいた時、傷つくのはきっと彼女一人だけだろう。竹中主任はいつか恋を経験する日があるのだろうか。失恋し、成長する日がくるのだろうか。
 私は帰りの更衣室で牧瀬が嬉しそうに語っている姿を見かけると、漠然とした不安に陥る。
「お先に」
 楽し気に語らう彼女たちの横をすり抜け、冷たく暗い街に足を向ける。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
http://lonelylion.nobody.jp/
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  • 2019年12月07日

あの男はおかしいほどに割烹着が似合う。


あの男はおかしいほどに割烹着が似合う。普段から頭に手ぬぐい、ジャージにおばさんが良く着ていそうなチェックの割烹着姿であるから、それ以外の恰好をしているときの違和感、異常感といったらない。
 そんな恰好を普段からしているのだから、料理屋の主人だとか、お掃除関係の人だとか、はたまた民宿の主人あたりを推測する人がいるが、残念ながら全て外れ。
 彼は自称探偵である。普段、目立つ格好をしているから、逆に普通の恰好をする事が変装になるのだと自慢気に言う。
 それは確かに一理ある。以前、妻に浮気を疑われて、私は彼に一週間以上つけまわされたのだが、当時はまったく気づかなかった。
 割烹着姿の彼と朝、すれ違い、帰宅時にまた彼とすれ違う。それはいつものことだから、違和感を抱かない。それ以外の時間帯、彼は普通の恰好で私の後をつけていたという。宣言されていない限り、わかりっこない。
 その時の調査結果であるが、みごと真っ白だったことを付け加えておく。まあ、知人程度の人間に対し、金の貸し借りで妻に言えない秘密を抱えていたのだから、妻に怪しまれるような行動をとっていたのは間違いない。
 先日、耳をそろえて返金されたのだから、こうして記すことができる。
 先方はいわゆる妻からの家庭内DVに悩んでいた男で、私が気づいた時には命の危険があるのではないかという雰囲気だったから、弁護士を介し、離婚するようすすめていたのだ。
 当時の彼は完全な洗脳状態だったし、彼の妻は見事な世間体の良さを発揮していて、放っておくのは彼を死に追いやるだけだった。誰も何もしない状況で、私が勝手に乗り出したのだ。お節介だ、と言われても仕方ない。
 彼からの報告を読んだ妻は私に「言ってくれたらいいのに」と言っただけだった。
「あの男は凄腕の探偵みたいだね。まったく気づかなかった」
「あら、貴方だから出来たんじゃない。あの人、普段は犬猫探しばかりやってんのよ。あとは高齢者世帯での介護とか」
「探偵だって言ってたよ?」
「簡単に言うと何でも屋さんなのよ」

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
http://lonelylion.nobody.jp/
  • 2019年12月06日

ピアスの穴に見た未来は、何色だった?


『ピアスの穴に見た未来は、何色だった? 私たちは未来に対し――』
 まさに詩的な表現だ。朱色のペンで『ポエム』と書き、該当箇所をに波線を引く。数行先でまた詩的文章発見。波線と共に『ポエム』の三文字を記すが、あまりに頻度が高いので、その三文字を書くのも面倒くさくなって来た。次にあったら『P』と記そう。
 平井には小論文と詩の区別がつかないのか。付くわけないか、普段から世迷言を口からはいているし。
 『妖精さん、お花さん』なんて台詞をはくやつがいたら、頭のねじがどっかおかしいのだろうと普通思うが、ポエマー平井の場合は別だ。平井の場合はそれが通常運転。学校という現実世界の中に平井という異空間を作り上げている。
 大学入試に備えての小論文課題、平井にとっては論文というより、小説か詩の創作活動でしかない。だが、それでは点数を与えられない。赤点だと補習を受けさせなければならない。
 大きく息を吸い込んで吐きだす。
 頭が一番痛いのは担当教諭の私だ。なまじ頭の良い平井は文法も漢字のミスもない。課題の受け取り方も面白い。ただ、書きあがったものは論文ではない。論文口調の文章になるよう頑張ってはいるが。
 ギリギリ合格点を与えるのは同級生たちに不公平だが、平井には赤点補習を受けて欲しくない。なぜなら、後日また、平井のポエムを読んで採点しなければならないのは私だからだ。それは目に見えたストレスでしかない。
 5秒迷った末、採点を後回しにして、次の子の作品に手を出す。漢字間違い、ケアレスミス、同じ意味の重複文章。あらあら、学生っぽくて良いぞ。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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  • 2019年12月05日

純粋は不快なものでしかないんだよ、わかるかい。


「純粋は不快なものでしかないんだよ、わかるかい」
 男はそう言って、写真を破り捨てた。
 ピリピリと、肌で感じるくらい男は怒っていた。気持ちはわからないでもないが、怖い。とにかそのオーラが怖い。
 男は見た目はモデルか二枚目俳優かってくらいの男前。ダンディって言葉はこの男のためにあるんじゃなかろうかってほど。声は渋くて、その上通り良く、雰囲気は上品で、知的。誰からも愛されるべき人間性だが、たまに人を従わせるオーラを放つ。
 こう言う人間離れした、映画かドラマのキャラクターみたいな人が現実にいるなんて、実際目にするまで思いもしなかった。大物俳優の間にいたって、埋没したりしなさそうだ。
「君、」
 呼ばれて、かしこまる。
 普段の自分じゃ考えられない素直さだが、従わざるを得ない雰囲気にのまれている。
「後はよろしく頼んだ」
 そう言って、男は部屋を出て行こうとする。
 俺は背中をぐっしょり濡らしながら、声を絞りだす。
「待ってください。あの、後って……」
 男は一瞬立ち止まり、こちらを振り返り、
「君に任せる」
 歩調を緩めず部屋を出て行く。これで会見は終わり、という意味らしい。
 外にいた秘書が室内に入ってくる。
「時間通りですね。さ、お帰り下さい」
「あの『君に任せる』ってどう言う意味でしょう」
 自分でも馬鹿じゃないかと思いながら、秘書に尋ねる。だって、どうしたらいいのか本当に分からないんだから。
 写真を処分しろって言うのか、報告を破棄しろっていうのか、なかったことにしろっていうのか、究極的に殺せっていうのか。言われてもしないけど。
「会長がそう言われたのでしたら、その通りになさいませ」
 秘書の顔を穴があくまで見つめる。答えなど書かれていない。
 不意に思いつく。
 ああ、これが世に言う、忖度しろってことか。
 どこまでやっちゃっていいのか、腕が試されるなあ。
「お帰り下さい」
「報酬は?」
「すでに支払い済みです。ご確認ください」
 俺はしがない探偵事務所に舞い戻った。
 数日して俺は、依頼人の失踪、謎の追加報酬

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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  • 2019年12月04日

愛してる。そう言われて僕は相手の頬を張り飛ばす。


愛してる。そう言われて私は相手の頬を張り飛ばす。
 冗談でも言っていいことと悪いことがある。というか、TPOを考えろ。
「いってぇ」
 呻く手塚の胸倉をつかみ、収まらない怒りのまま、鳥肌の立つ腕でもう一回。赤くなってない方の頬にもう一回。計三回。これで私の気持ちは十分伝わったはずだ。
「照れるなよ」
 伝わってなかった。
 宇宙人め。お前とのコミュニケーション方法を理解するためのマニュアルをまずはよこせ。
「激しいねえ、御両人」
 手塚の唯一の理解者というか、コンタクトが取れる篠崎はのほほんと背中に掲げ、メロンソーダをつついている。
「あの、お客様――」
 あれだけ派手な音がすれば、誰もが気づく。問題を起こすな、とばかりの店長名札の人物に手塚はしれっと、
「大丈夫です。これ、いつものことなんで」
 赤く手形を浮かせた男にそう言われ、店長は注意をしそこなう。
「……とりあえず喧嘩は困ります」
「喧嘩じゃないですよ。追加オーダーいいですか」
 場違いな雰囲気の篠崎に言われ、職業病からかポケットに収納されていた端末を取り出す。
 唯一、ピリピリとした雰囲気の笠巻は黙々と目の前のドリアを攻略しようとスプーンでやたらかき混ぜ、小さくスプーンにすくって口に運ぶ。猫舌なのだろう。
 店長が席を離れたところで、篠崎は笠巻に向き直り、
「で、オッケーなの?」
「何が?」
 刺々しい笠巻の言葉を気にした様子なく、
「そりゃ手塚のプロポーズ」
「何でつき合ってもいない相手から突然プロポーズされて私が受けなきゃいけないのよ」
「普通に考えてみてよ、笠巻ちゃん」
「普通に」
 ハン。
 普通に考えてプロポーズするタイミングじゃないだろう。思い出したらまた怒りが込み上げてきた。もう一回叩こう。
 パチンと良い音が店内に響きわたる。
「問題ないですよ~」
 一応、とばかり、叩かれた手塚がフォローの声を上げる。
「大学の、授業の、講義中に。つき合ってもいない人間に、突然、何の前触れもなく、公開プロポーズされて喜ぶ馬鹿がどこにいるってのよ」
 一語一語噛みしめるように、言い含めるように言う。
 大きな問題はそこだ。誰もが知っているけれど、誰もが理解していない事実。
 友人というより、私たちはただの知り合いだろう。なのに、なぜ、プロポーズ。
 戸惑いというより、混乱に陥った笠巻に覆いかぶさるように周囲からの祝福の声。
 良く分からないままに、導かれるように手を取ってしまった事実。
「よく考えてみて」
 手塚は言う。
「結婚はただの一つの区切りだ。君とつきあうための可能性の一つだ」
「意味が分からない」
「結婚は重大事項じゃない。便利な手段の一つだ」
「意味が分からない」
「結婚は単なる手段。目的じゃない」
「意味が分からない」
「笠巻ちゃんの将来の夢は?」
「……それ、今、聞くこと?」
「ハッピーエンドは結婚じゃなく、その向こう側にある。最終的にその結末に辿り着くことが出来るなら、遅いより早い方がいい」
「……私と将来的に結婚したい、と思ったってこと?」
「会って3秒でね」
 横から篠崎の声。
 考えるだけ無駄なのかもしれない。手塚と話していると頭の混乱が止まらない。
「将来的に結婚するなら、今してもいいんじゃないかってこと?」
「そういうこと」
「私、結婚するなんて言ってないし、あんたとつきあう気もないんだけど」
「それを一年後も、五年後も、十年後も繰り返す労力を考えれば、今ここで了解した方が早いと思うよ」
「手塚はしつこいよ~」
 運ばれてきたチョコパフェを突きつつ、篠崎は言う。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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関連小説:「05:いたずらって何?」
  • 2019年12月03日

愛し愛される甘いだけの関係にはもううんざりなんだ。


「愛し愛される甘いだけの関係にはもううんざりなんだ」
 などと、北野の口からもたらされた暴言に、思い切りビールを吹きだしてしまった。
「はあ?」
「汚いなあ」
 言いつつも、北野は追加のおしぼりを頼み、手際よくテーブルを拭き、皿を片づける。
 北野から呑みにさそわれたのは先日のこと。離婚することにした、としょっぱな言われた。何事もなかった顔で北野はどうでもいいような世間話を初め、俺運ばれてきたビールやらおつまみやらを半分たいらげた。俺は聞き間違えたんだろうかと思い始めたところで、この発言。
 小学校からの付き合いだから何年だ? 三十年以上か? お前何言ってるんだ、って言うの何回目だ?
「それが由美ちゃんが実家に帰った理由か?」
 高校卒業と共に出来ちゃった結婚して、同級生の中で誰よりも大きい子供を抱えて、羨ましいくらいの幸せ家族してただろうに。
「俺はもうルリカがいないと生きて行けない」
 しんみりと北野は言い、日本酒をあおる。結構呑んでるな、コイツ。
「……誰だよ」
「ルリカだよ、星宮ルリカ」
 怪訝な顔をする俺に、仕方がないとばかりにアイドルグループの名前を上げる。そのアイドルが複数いるグループ名は知名度があるが、女の子の名前は聞いたことがない。
「誰だよ」
「まだランキングも低くてさ、知名度もないんだけど、俺の力でこれから成長していくんだ彼女は」
 ナニイッテンダ、コイツ。
「お前には嫁も子供もいるだろうが。何血迷ってんだよ」
「あいつらはもう俺がいなくても生きていける。息子もここで高校卒業だしな。これから俺はルリカのために生きることにしたんだ」
「由美ちゃん、何て言ったんだよ」
「応援するって」
「本当か、それ」
 言いそうではあるけど。主に家事やってたのが北野で、主に稼いでたのが由美ちゃんだし。
「円満離婚だよ」
 奥さんがアイドルの追っかけやりたいって別れる場合、大方の旦那は止めるだうが、反対だとすんなりいくものなのだろうか。
「俺はこれから忙しくなるんだ。仕事掛け持ちして資金ためて、ルリカちゃんを全力で応援しなきゃいけなくなるから」
 喜々として語る北野の夢は、ただの夢である方が幸せそうだなと思いながら、俺はビールで言葉を流し込んだ。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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  • 2019年12月01日

俺がいなくなったら、きっとあいつは死んでしまうだろう。


俺がいなくなったら、きっとあいつは死んでしまうだろう。
 遠い目をして語る長谷川は凄くキモイ。完全なる自己陶酔の時間。間違いなく現在、長谷川の脳内ではBGM付きで弥生さんの盗撮画像をつなぎ合わせたフィルムが回っているはずだ。
 手持無沙汰になると長谷川は嫁自慢を始める。本気でウザいが、場所が二人っきりの密閉空間でないだけましだ。というか、松戸がそんなことは許さない。
「口から環境汚染物質を垂れ流すな」
「なんだと松戸」
「いいレベルの魔道師の癖に、そんなできそこないの魔法道具に翻弄されるなんて馬鹿としか言いようがない」
 松戸は基本無表情だから、長谷川に関して単なる事実を述べていても、とても不機嫌そうに見える。
「そうよ、馬鹿よ」
「いや、馬鹿はお前だろうが友利」
「敬称をつけろ」
「こいつはまだ、ただの候補だろうが」
 長谷川酷い。口悪い。女王候補に向かって、この言いよう。昔からぜんぜん変わらない。私が記憶をなくして暮らしていたとき、松戸は探索任務を、長谷川は別の部署に異動になっていたのに、その経験は何も役に立っていない。
 私が復帰するにあたって、長谷川の復帰をごり押しされたのだ。助けて下さい、ってばかりの課長さんの泣き言と共に。
 引き受ける気はなかったんだけど、弥生さんの電話番号を教えてもらう条件で引き受けた。弥生さんとは毎日、長時間お話しをしているが、彼女の口から聞きだせるのは、「あいつキモイ」か、「あいつ怖い」しかない。
「長谷川のばーか。弥生さんに嫌われろ」
 言わなくても、一ミリも好かれていないのは誰の目にも明らかなんだけど。
「弥生ちゃんは俺激ラブなんだよ。恥ずかしがり屋さんだから、俺の前に出てこれないんだって、何回も行ってるだろ」
 本当に頭おかしい。結婚して何年になると思ってるんだ。そして、その間に弥生さんの姿を遠方からでも見れたことって数えるほどしかないはずなのに、なんでこんなに自信をもって言えるんだろう。制御不能な魔法って、本当に怖い。良いサンプルが目の前にいる。
 弥生さんは恥ずかしがり屋じゃなくて、ただ、魔法でおかしくなっている長谷川から逃げてるだけだ。長谷川の親族一同の手によって厳重に隔離保護されていることは、周知の事実。気を隠すなら森、灯台下暗しの精神で。
 不完全な魔法を解読し、それの効果をなくすって簡単に思えて難しいんだよね。人間に効果のでているものだと特に。下手うつと、どんな二次効果、もしくは副作用が現れるかわからないし。
 絡み合った糸を解きほぐす様に、魔法解除を慎重に行ってるのが現状。腕利きの魔道師ならばできるだろうって思うだろうけど、問題は、あと一歩ってとこまできても、当の長谷川が邪魔してくるんだよね。
 もしかして、と誰もが思っていても口に出さないことを改めて考える。
 本当に長谷川は弥生さんに惚れている可能性について……でも、だとすると弥生さんが気の毒過ぎる。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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関連小説:羽と彼女と魔術師と。
  • 2019年11月29日

俺が好きだって言うと、あいつは大嫌いだって言う。


俺が好きだって言うと、あいつは大嫌いだって言う。犬猿の仲じゃないよ、ただあいつが恥ずかしがり屋さんなだけ。ちょっと天の邪鬼なとこも女の子らしくて可愛いだろ。あいつの本心は俺が一番よくわかってる。本当は俺を好きっていうより、愛してるんだよ。
 などと、あいつがふざけたことを抜かしてるところを偶然立ち聞きしてしまった。
 背筋が泡立つ。
 怖っ。キモッ。死ねよ、馬鹿。バカっつーより馬鹿ね。漢字で書く方の、本格的に頭のおかしい奴。
 まじで、まじで、心の底から私、あんたのこと嫌いなんですけど。今まで何度も面と向かって言ってるし、思い切り避けてるし、これ以上どう対処しろって言うの、私に。
 地球の反対側じゃまだぬるい。どっか、あいつのいない世界に行かなきゃ身の危険を感じる。何が良くて、私を好きになったのか。実のところ私は答えを知ってる。っていうか、私が原因の一端を担ってるっていう悲しい現実。
 そのうえ先日、私は法的に名前が変わってしまった。長年親しんできた平松弥生から、悪夢の長谷川弥生に。くそっ。
 あの魔法石を作った馬鹿野郎はどこのどいつだったのか。あんな立派で素晴らしい魔法石だったのに、失敗作とは……。
 そのうち術はとけますよ、と誰もが、お気の毒にって単語を前後に挟みながら言ってくれるのが今の慰め。
 巨大なお屋敷で何不自由なく、義理の両親、兄弟、親族の方々が全て私の味方っていうこの状況は、玉の輿願ってる女には夢の用だけれど、問題はその王子様の頭がおかしいってことだ。
 ヤバっ。あいつ、私が見つからないことに据えかねて、魔法使おうとしはじめた。あいつの部下が止めてるけど、聞く耳もってない。魔法レベル違いすぎて、普通の魔法使いじゃ止められないだろう。あの部下、また新顔だし。
 厳重に魔法効果無効処置がとられた屋敷内で魔法を使おうとするなんて、頭おかしい。あいつ、簡単な魔法は使えない癖に、ややこしい魔法は得意っていう意味のわかんないやつ。
 魔法効果を無効化する処置ってあまりややこしい魔法には効かないのよね。大体、そんな複雑な魔法って、室内で唱えるもんじゃないっていう大前提があるから。
 私は隠れていた壁から顔をのぞかせ、あいつの魔法をよく見る。これは、いよいよヤバいレベル。家鳴りしてるし、シャンデリア揺れてるし。
「この馬鹿!」
 私の怒鳴り声を捉えたらしい。唱えていた呪文の詠唱をやめ、あいつが顔をこちらに向ける。広がる満面の笑み。怖い。
 そんなとこにいたのか、僕の小鳥ちゃん。
 口の動きだけで、あいつが何言ってるのかわかる。
 私はアイツの一族からもらい受けた身を隠す魔法アイテムを一度全部足元に置き、もう一度身につけなおして場所を移動する。身を隠す系の魔法アイテムって、一度見破られたら効果がなくなるから、もう一度身につけ直せばまた効果があられる仕組み。よくわからないけど、魔法アイテムってそういうふうになっている。
 隠れたのは奥の部屋。あいつが屋敷中探し回る前に電話する。
「仕事は?」
「弥生ちゃーん」
「仕事中でしょ」
「俺と君の間にそんな無粋なものが入りこむ余裕なんてないよ」
 怖い、キモイ。
「いいから、仕事行きなさいよ」
「君への愛を囁くことは俺の最優先事項だよ」
「きちんと社会人してる人が好き」
「行ってく――」
 ピッと素早くスマホを切る。
 続けてキモイ言葉を吐きそうだったので、すぐさま切る。
 
お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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関連小説:獲物と彼女と長谷川と。
  • 2019年11月27日

お前は誰も信じない。それが何だか、憎たらしい。


お前は誰も信じない。それが何だか、憎たらしい。腹立たしい。何年一緒にいると思ってるんだ、この馬鹿。
 手のひらサイズのサボテンの鉢植えに、アルコールを少しそそいでやる。こいつは呑める口の奴だ。
 俺は自室の奥の奥、小さな小部屋のなかで、誰にも聴かれちゃまずい話をサボテン相手にしながら、呑むのが最近の過ごし方だ。
 ストレス高な仕事の日々。アルコールが入るとどうしても感情が抑えきれなくなる。唯一、安らげるのがサボテン相手に愚痴ることのできるこの時間。そのうち絶対、ストレスで体がおかしくなりそうだ。
 そりゃ、アイツに使えている俺の職場仲間の大半。上層思考の高い奴らとか、野望を抱いている奴らはいい。ああいう職場の無茶なストレスにも打ち勝って、むしろ、かかってこいやな状態だろうから。でも、そういう意識もなく、ただ、アイツの優秀な幼馴染だからって理由で仕えている俺なんて、精神的にどういう立ち位置にいればいいのか。人目のない所で、大きため息ばかりついている。
 一緒に野望を達成しよう、とアイツは言うが、はっきり言って俺は田舎で孤独に隠遁生活を送るのが夢だ。ただ、アイツには義理というか、引き受けてしまった責任というか、そういった縁があるから不本意ながらも精一杯、仕事をさせてもらっているだけだ。
 口からなんとでも綺麗ごとを吐きだせる男だが、内心、誰も信用していないこと、理解しているのは俺だけだろう。
 俺は誰よりもアイツの近くにいるけど、きっと誰よりも遠くにいるんじゃないだろうか。誰も気づいていないけど。
 高級酒だからうまいはずなのに、まったくもってうまいと感じたことのないアルコールが喉から胃へ流れ込んでゆく。
 そのうち、俺も使いものにならなくなれば、このアルコールの中に毒でも仕込まれるだろうか。俺の死さえイベントごとにして、きっとアイツは策略の道具にするんだろうな、と思えば、酔いたくても酔えない。
 持つべきものは友、というけれど、友にも色々ある。俺はもっと平穏で、もっと無難な、普通の友が欲しかった。アイツみたいな悪魔じゃなくて。いい人ってのは本当に損でしかない。なのにどうして俺はいい人をやめられないんだろう。
 夜が更ける。俺は狭い部屋で一人、呑みながら心を許せる唯一の友達のサボテンに語りかける。誰にも話せない愚痴を。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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  • 2019年11月26日

馬鹿だな、と言ったら君は笑って、僕は顔を顰めた。


馬鹿だな、と言ったら君は笑って、僕は顔を顰めた。
 君の前で涙なんて流すわけにいかない。君の前ではカッコつけたい、という僕のささやかなプライド。
 君を見かけたのは数日前。僕は店内に、君は窓を挟んで外で誰かを待っていた。店先で待ち合わせをしている人間は時々いる。僕は仕事に戻る。
 一作業終えて顔を上げたとき、君はまだ窓越しのそこにいた。外で待たなくても、店内に入ればいいのと思いながら、僕はまた仕事に戻った。梅雨時の雨は冷たくて、外の肌寒さを思うと立ち尽くす君を馬鹿じゃないかと思った。
 僕が次に目を上げたとき、君は哀しそうな顔で立ち去るところだった。ずいぶん長い時間、君を待たせたのは誰だったのだろう。
 僕は翌日も君を見かけることになる。きっと君は気づいていなかっただろうけれど。
 その次の日も君は待っているようだったから、僕は思い切って君に声を掛けたんだ。
「待ち合わせ?」
 不意に声を掛けた僕を、君はずいぶん警戒していた。
「ずいぶん待ってるようだから」
 君は戸惑い顔をしたものの、
「たぶん、来ます」
 曖昧に答えた。
「たぶん?」
「待ち合わせというか、私が勝手に待ってるだけなんです」
 どういう意味だろう。 
 君は恥ずかし気に頬を染め、
「時間だけ約束して、日にち、約束しなかったから」
 消え入るような声。
 そういうことか。
「馬鹿だな」
 と言ったら君は笑って、僕は顔を顰めた。心臓が痛い。どうやら僕は恋が始まる直前に、振られてしまったようだ。恋なんては始まりもしなかったのに、それでも心は痛む。
「じゃあ」
 声を掛け、彼女から離れる。向こうから男が小走りでやってきた。大した男じゃないな、と思った。

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  • 2019年11月25日

信じた自分が馬鹿だったと、気休めを口にしてみる。


信じた自分が馬鹿だったと、気休めを口にしてみる。
 そもそも、最初から怪しいと思っていたのだ。
 ユウタの言うことなんて信じる方がバカだ、と常々言っているのはミヨコさんだし、私はミヨコさんの言うことはたいてい信じることにしている。間違ってる時もあるし、適当なこともあるけれど、ミヨコさんは数少ない信用できる大人である。
 ミヨコさんは私の現在の母である。つまり、父の再婚相手。ユウタはミヨコさんのかつての弟、ミヨコさんの亡くなったかつての夫の弟だ。年が離れていたから、弟というより息子に近い感覚だとミヨコさんはいう。天涯孤独のユウタを引き取ったミヨコさんとうちの父が子連れ再婚したのが数年前。私からすれば、お兄ちゃんというのがしっくりくる年齢だが、ユウタのその性格から、間違ってもお兄ちゃんと呼んだことはない。
 誰もに「アレ」とか「アイツ」で通る。特異な性格と実行力を兼ね備えた、愛されキャラだ。
 ユウタは年に何度も旅に出る。リュック一つの身軽で不自由な放浪生活の何が楽しいのわからないが、一番楽しいのは家に帰るときだという。だったら最初から家にいれば良いんじゃないかと、私は思う。
 ある日ふいに帰ってきたユウタは、リュックの奥から厳重にタオルでくるんだそれを取り出した。開けてみれば、そこにあったのは黒光りする石。
 これは隕石だ、とユウタは言った。山奥で見つけたんだ、と言う。
 この光沢、普通じゃないだろと言われ見せられる。その辺にありそうだけど、と私は返す。
 ユウタはガラクタを集めるのが好きだ。本人がいうには宝ものだってことだけど、誰の目から見ても、それを宝だと認識できそうな要素はない。
 持ち帰ったその日から、ユウタはその石を朝晩眺め、時間があればその石に語りかける。
 お前はどこから来たんだい?
 何か悪いものにとり憑かれたかのように。
 数日後、ユウタの旅の虫がうずいたのだろう。昼近くまで廊下で石を抱いて、寝っ転がっていたのに、リュックと共に姿を消した。放浪癖もいいが、計画性のない旅人は浮浪者と同義語ではないだろうか。
 ユウタの代わりとばかり残された石。
 廊下にあっては邪魔なので、移動させる。持ちあげると、予想に反して少し重い。これは普通の石ではないのだろうか……まさか。
 食卓の、ユウタの席に座らせる。
 まあ、ユウタ。丸くなっちゃって。お婆ちゃんは通りがかりに石を撫でる。まだ温かいわね。
 そうなのだ。確かにこの石、ちょっと変わってる。
 ユウタが帰るまで私たちはそれをユウタと呼んで可愛がった。
 帰ってきたユウタは石には見向きもせず、新たなガラクタに夢中だ。
 私はその石をもらい受けることにした。私の部屋の箪笥の上に小さな座布団を拵えて、そこに鎮座させる。見れば見るほど愛嬌のある石だ。どこで生まれたのだろう。やはり、ユウタがいうように隕石なのだろうか。だとしたら、とてもロマンチック。
 私はその石を可愛がっていた。
 ある日、遊びにきた友人が、本物の隕石だったら磁石がくっつくのよ、というので近づけてみた。
 大小さまざまな磁石を近づけたが、ピクリとも反応しなかった。ホームセンターで大きな磁石を買ってきて、それを近づけたけれど、まったく反応しなかった。
 結果。
 それはただの石だった。ただの丸い石でしかなかった。
 信じた私が馬鹿だったのだ。
 ユウタを信じた私が馬鹿だったのだ。
 
お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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  • 2019年11月24日

雨が頬を伝って、赤い唇を濡らした。


雨が頬を伝って、赤い唇を濡らした。
 かたい唇はまた赤く色づいている。公園の一角に設置された、若い女性を思わせる石像の唇が色づき初めて何年になるだろう。何のおまじないなのか私には一向に分からないが、たぶん、やっているのは噂好きの女子高生だろう。
 けぶるような雨の日である。傘をさすのもバカらしくて、私はコートを重く濡らしながら散歩している。犬でも連れていれば雰囲気も良かろうが、犬もいなければ、カメラも持っていない。私は早朝の街をただ、さまようように歩いている。
 何年も歩いていると、散歩のコースパターンができる。その唇が赤く塗られている瞬間を見ることはないが、石像の唇がいつでも赤々としている様子を見ると、定期的に塗り直されていることはわかる。
 女子高生が犯人であれば、きっと恋の願掛けなのだろう。いつでもその年代の女性たちの願いは変わらず、なのに、数年して大人になると、そのことを葬り去るかのように変容してしまうのはなぜだろう。
 公園を抜け、歩道を歩く。交通量の多い道路だが、まだ朝早いこともあり、車はまばらだ。まるでこの世界から人間がずいぶん少なくなってしまったかのような印象。茫漠とした寂しさの世界。けれど、それが一時のことだとわかっているから、私は気が狂うこともなく歩けるのだろうか。
 ただ歩く。単調な作業を繰り返す足とは逆に、思考はおかしな世界に迷い込む。日中であれば、人の気配があれば、この寂寞とした黙考の世界に陥らずに済むのかも知れないが、それならば散歩の意味がない、と私は考える。
 主観道路を抜け、神社へ足を踏み入れる。通り抜けるだけだが、ここはいつでも清涼だ。心の中で「おはようございます」とだけ、神さまに挨拶し、私は家へ足を向ける。
 世界はもうすぐ、目を覚ます。

お題配布元:リライトさま →組込課題・文頭
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  • 2019年11月23日

夢みたいで夢じゃない、夢見がちな話。


夢みたいで夢じゃない、夢見がちな話。
 として友人の口から語られた、ある日の話を今日はしようと思う。
 友人の名前を借りにミユキとする。

 ミユキはある朝目覚めて、唐突に思ったそうだ。
「そうだ、遺書を書こう」と。
「そうだ、京都に行こう」とか、「そうだ、今日は課題の提出日だった」なんて話は聞いたことがあるが、何故に遺書を書こうと思ったのかはミユキも分からないと首を振る。たぶん、彼女が忘れているだけで、それは夢の続きであった可能性が高い。
 遺書を書くにあたって、彼女は寝起きであったにもかかわらず、ネットで調べ上げ、30分も経たないうちに見事な遺書を書き上げた。
 後日、その遺書を見せてもらったが、ちゃんと通用する様式に書き上げられていた。寝ぼけていたからここまでの行動力があったのか、寝ぼけていないミユキならもっとすごいことができたのかもしれない。
 遺書を書き上げたみゆきは当然のこととして、白いワンピースに着替え、海に向かうべく家を出た。
 ちなみに、ミユキがワンピースなんて乙女なアイテムを着ているところを私は見たことがない。ではなぜミユキがワンピースを持っていたのかというと、その数日前、あるショップの開店福袋に入っていたアイテムだったらしい。私も同じ福袋を買ったが、私が買った方にはヒョウ柄のビスチェと迷彩柄のが入っていたから、偏りがあったのだと思う。
 電車に乗り、海に向かっている途中、ミユキは朝ご飯を食べていないことに気づいた。たぶん、この辺でようやく目が覚めたんだと思う。
 海についたのは昼くらいだった。ミユキの家から海まで電車でそんなにかからないから、起きた時間は結構遅かったみたい。
 近くのコンビニで食料品を調達し、彼女は海辺を歩いた。白いワンピースの女性が一人で波打ち際を歩いている光景って考えると絵になるけれど、実際は堤防の上。空腹でふらふらしていたというから、はた目から見たら自殺願望のある人間が岬の突端に向かって歩いているように見えただろう。
 堤防の先にきたミユキはそこでようやく目が覚めたらしい。自分が何をしていたのか、思い出そうと、バッグから遺書を取り出した。それを改めて読み直す。ミユキの書いた遺書にはあくまで事務的なもので、哀惜を感じさせるようなものはない。だから、ミユキ自身、なぜこんなものを持っているのか、なぜこんなものを書いたのか不思議に思ったらしい。
「何読んでるの」
 声を掛けたのは地元の人。
「遺書」
 当然、ミユキはそう答える。それ以外答えようもない。
 
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  • 2019年11月17日

朝起きたら隣に君がいて、コーヒーの香りがしていた。


「朝起きたら隣に君がいて、コーヒーの香りがしていた。そういう幸せな時間を君と過ごせると思っていたのに……」
 そう言うと、マリコはぐへぇと変な顔をした。
「バッカじゃないの。何、私に早起きさせてコーヒー入れろっての? 自分の方が帰宅早いし、自分の方が家出るの遅いってのによ。お前がやれよって話でしょ」
 うんうんと適当に相槌うちながら、私は目の前のスイーツ盛り合わせを小さくフォークで切り取り、口に運ぶ。マリコ主催の、この「別れた男の愚痴を聞いてよ、スイーツおごるから」ってやつ。毎度、食べ終わるころには辟易しているのに、どうしてもおごりスイーツの誘惑に負けて参加してしまう自分が哀れ。
「アイツ理想高すぎるっていうか、夢みすぎでしょ。私はお前のママじゃないし、そんなに理想の女がいいなら、夢の中で彼女作れって話でしょ」
 うんうんと、頷きながらサクランボを食べる。シロップ漬けのサクランボはなぜに美味しくないのだろう。じいちゃん家の庭のサクランボの樹からとって食べるのが、私のサクランボ番付で一番おいしい。
「何でもかんでも理想語ってさ、事細かにそこはああしろ、ここはこうしろって。あたしはお前のカスタム彼女じゃないっつーの。何だよ、じゃあこっちの言うとおりにお前も少しはやってみせろよって思うでしょ。だから、とりあえずそのクソ恰好ダサい恰好やめろっつったのよ。そしたらさあ、」
 好きな時は何でも相手のなすがままなんだよな、基本的にこの娘。何もそこまでって周囲がドン引きするほど相手に尽くすというか、同化するくせに、ある日、何のきっかけかそれが切れちゃって、そこからは怒涛の反撃を開始して相手に逃げられる……っていう、いつもながらのパターン。失恋って人間を大きく成長させるっていうのに、この娘は成長している様子がない。
「そしたら、雑誌広げてきてさ、そこに載ってるアイドルの趣味のとこさしてさ、これしてよって」
 そっか、あんたも大変だね。私が適度に挟む相槌に心なんて全くこもってないだろうが、そんなことより、目の前のスイーツが残り三分の一になってしまった。このおしゃべりはいつ終わるのだろう。ストレス軽減のために体重計は気にしないことにして、追加スイーツは可能だろうか。マリコのおごりで。
 私はスイーツが写された店内ポスターを見やる。今回は最初に一番大きくて高いスイーツを頼んでしまったから、次は美味しそうなあっちを注文しようかな。なんて考えながら。
 マリコの失恋おごりスイーツ、次は早ければ三カ月後だし、遅くても半年くらい。恋多き女は大変だよね。

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  • 2019年11月16日

欲しかったのは、億万長者みたいな贅沢な生活じゃない。


「欲しかったのは、億万長者みたいな贅沢な生活じゃない」
 と、ナガトモは言ったが、人には向き不向きがあることを彼は理解していない。
 赤い色が好きと言いながら、似合うのは青色だったり。猫が好きと言いながら、猫にアレルギーがあったり。金儲けも才能だし、金を使うのも才能だ。贅沢を楽しむのも才能だし、清貧を喜びにする人もいる。人がどれだけ願って努力しても、向いていないものがあるし、出来ない人もいる。
 ナガトモにとって金儲けは才能だし、贅沢は趣味だろうと私は考えている。だから、彼が愚痴るのを聞き流す。言っても彼は理解できない人種であると、私は思っているからだ。
「これ、どう思う? 新しく買ったんだ」
と見せてくれた絵は、芸術を理解しない私にとっては落書きも同じで。
「これの何がいいわけ?」
「高かったんだ」
「ふーん」
 それで話は終わった。
 高かったから良い絵、というのがナガトモの認識らしい。ナガトモが贅沢好きだと思うのはそう言う部分だ。
「お前は芸術が分からない口だな」
「こういう前衛的なのは全くね」
「古いタイプだな」
 前衛的な芸術が新しいとは誰が言ったのだろう。芸術の表現方法にも流行り廃りはあるだろうが、古い物にも革新的なものはあるし、新しい作品に伝統技法を混ぜることもある。
 私たちはなぜか気の合うから、ナガトモと友人関係を続けている。数年に一度、ますます大きく贅沢になるナガトモ邸に足を踏み入れ、ナガトモの贅沢品を見せびらかせながら酒を飲むのが最近の主な交流だが。
「こっちの工芸品は二つとない品だぞ」
 廊下の中央に置かれた台の上の花瓶。ナガトモの説明を聞きながら、私はブランデーを舐める。
 それは悪趣味と言ったほうがいいような、ダイヤと金で覆われた花瓶。これは実用品じゃなくて、観賞用だろう。活けられた花は、生花と見まごうばかりの造花。それらにも雫の代わりなのか、パールや宝石が付いている。
 ナガトモは私が買い手であるかのように、その素晴らしさや芸術性を語る。彼の場合、営業力の高さも、金儲けの才能の一端にあるのだろう。
「次は?」
「他にお前に見せていないのは……」
 ナガトモは考えている。この屋敷は来るたびに何もかも変わっていく。だから、例えカーテンの一つ、ドアの一つだって私には物珍しいのに。そう考えるとおかしくなる。
「どうした?」
「いや、楽しいなと思って」
「楽しい?」
 ナガトモはおかしな顔をしたが、
「お前は変わらないな。こういう生活をしたいと思わないのか?」
「私はお前が言うところの清貧が性に合うんだから仕方あるまい」
「わからないな」
「だろうな。私にもお前の生活はよくわからないよ」
「……お前だけだよ、そう言うのは」

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  • 2019年11月15日

 失くして気付くんじゃ、遅すぎるんだ、何事も。


失くして気付くんじゃ、遅すぎるんだ、何事も。

 ポスターに書かれた文字と、その側で力強い微笑みを浮かべた腕を組んだ男の半身。今日は私が先生と呼ぶ人物の講演会だ。
 講演時間になる前に、秘書というか助手のミナギさんがやってきて、壇上に立った。
「本日は皆様、遠路はるばるようこそお越しくださいました。ですが、皆様には大変申し訳ないのですが、今回の公演は先生がいらっしゃらないため取りやめさせていただきます」
 その声に周囲がざわめく。地元民は良いものの、私なんて電車で一時間以上かけて来たっていうのに、どういうことだろう。先生になにかアクシデントが?
 騒然とし始めた。ミナギさんのメガネがギラリと光った。誰もが口をつぐんだ。ミナギさんは普段おっとり天然さんを売りにしているだけに、本性が現れた時は怖い。ほとんどの人が知らないことだけど。
「あのバカと書いて上司、もしくはみなさんが先生と呼んでいる大馬鹿野郎は今日はまいりません。今日はお帰り下さい」
 ミナギ女史が重ねるように言い、パンパンと手を打つ。
「もう少し詳しく説明してくれんか」
 手を上げたのは最年長のクワタさん。確か地元民だったから、私に比べ精神的ダメージが少ないのだろう。
「細かな説明をしては、みなさんの精神的ストレスが増加するかと配慮したのですが、失礼いたしました」
 優雅に一礼。この人、こういう大人な態度取れるのか。普段がフレンドリーというか、傍若無人というか……それだけにちょっと新鮮。
「あのボケ――失礼、つい本音が。今朝、先生は眼鏡がないことに気づき、慌てて家探ししたものの見つからなかったそうです。ご心配なく、アルコール依存症一歩手前の酒好きですから、これはたまにあることです。昨夜一緒に飲んでいた人たちに連絡をとってみるも、誰も覚えていないということで、仕方なく、予備の眼鏡をする事にしたそうです」
「それが見当たらなかったってことですか?」
 眼鏡がないから来れないなんて理由だったら、連絡くらいしたらいいのに。
「話はまだ続きます。探したものの先生の予備の眼鏡も、予備の予備の眼鏡も、コンタクトもなかったそうです。ですが、先生はあきらめず出立しようとなされました」
 皆がざわめく。やはり先生は無責任じゃなかったのだ。
「家を出ようと靴を履いた時、靴の中にメガネが入っていたようです」
 何故そんなところに。酔っぱらいの思考回路はわからない。
「ちなみにコンタクトは郵便受けにあったと連絡がありました。眼鏡を探すのに時間を取られたこともあり、家を出るのが遅れた先生でしたが、駅についたところで財布がないことに気づかれました。あと、スマホも持っていなかったそうです。慌てっぷりが良く分かりますね」
 気づかず駅までって、もしかして走ったのだろうか。だとしたらお気の毒なことだ。
「それらを取りに帰ろうとしたところで、不審人物として警官に呼び止められました。

「さあみなさん、復唱してください。『失くして気付くんじゃ、遅すぎるんだ、何事も』では、本日はお疲れさまでした」

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  • 2019年11月15日

今日は、僕と君だけの特別な日。


今日は、僕と君だけの特別な日。
 君は匂いスミレの花のように可愛らしく素敵だ。
 そのピアスは夜空の星で作られたようだね。
 なんて、ファミレスのテーブルの向かいに座り、キモイ台詞を吐き続けているのは、私の運命の彼氏と自称しているナカガワキヨフミ氏、38歳。彼の妻は私の後輩であり、友人でもあるモエちゃん。ちなみに私の隣に座り、今、ホットケーキを親の仇のように切り刻んでいる女だ。
 彼をヤバい奴と言ってしまうのは事情を考えると可哀想だ。なぜなら彼は今、頭がおかしい。この言い方はキツイか。えぇっと、国語力のない私が説明するのもアレなんだけど、彼は先日の事故の後遺症で現在、記憶が混乱している。しばらくすれば落ち着くだろうって医者の話らしいが、独身時代である数年前と現在とを記憶が行ったり来たりしているらしい。
 そして、先ほどタイミングよくその退行の瞬間が訪れたらしく、私は前方と横からものすごいプレッシャーをかけられているところだ。モエちゃんがいない時なら、むしろ喜んだかもしれないが、真横に奥さんいる状況で口説かれたって、地獄の門が開いた心境でしかない。
 っていうか、ナカガワ氏って好きな人に甘い言葉を言っちゃうタイプの人だったのね。知らなった。
「これですよ、これ」
 モエちゃんはどこからその低音を出せるのかってほどの低音で、
「私のことも子供のことも忘れちゃう瞬間があるんです。信じられますか」
 目の前で見せられちゃ信じないなんて言えないわね。
 その細切れに切り刻まれたホットケーキの残骸が可哀想。嫉妬深いのよね、この子。
「先生がそのうち落ち着くって言ってたんでしょ?」
「そのうちっていつまでですか」
「のんびりするしかないんじゃない?」
「先に言っときます」
「な、何かしら」
「私、別れる気なんてないですから」
 宣戦布告されました。
 大丈夫、私も、他人のものに手を出す主義はありませんから。
 だから、まだ独身なんですけど。
「ナカガワさん、私に会いたくなった時は必ずモエちゃん同伴でお願いしますね」

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関連小説:それを幸せと君は言う
  • 2019年11月13日

嘘だ。うそだうそだうそだ、だって、あんなの。


嘘だ。うそだうそだうそだ、だって、あんなの。あんなのあり得ない。
 私は大地に思い切り勇者の剣を突きたてた。
 幼いころから願い、切磋琢磨し、幾人もの希望者の中から選ばれ、ようやく辿り着いた勇者という地位。まさか、まさかまさかまさかの、敵対する魔王が目の前で、老衰で死ぬだなんて、誰に想像できるだろう。
 仲間たちの声を振り切り、立ち向かってきた敵をなぎ倒し、私は魔王城近くの丘の上まで駆けた。
 こんなの酷い。私は何のために勇者になったのだろう。しかも、死んだ魔王が、幼いころに尊敬してやまなかった祖母だっただなんて。私が勇者になるため、ここ十数年会うことはなかったけれど、どうして祖母が魔王なんだ。魔王の近くにいた魔道師はどう見ても祖父だったし、その奥に控えていた暗黒の戦士は叔父に似てたし、そう言えば、魔王城に入ってすぐに倒した邪悪な魔道師はいとこのイッちゃんに似てた。
 思い出し始めたら止まらない。
 そう言えば、幼いころの楽しい我が家として懐かしく思い出す記憶の片隅には暗黒アイテムの数々があった。
 ペットのジローと呼んでいた大きな獣は、このところ経験値アップで狩りまくっているダークビーストによく似ていたし、ばあちゃん達と会うのは基本、村の外。近い場所でも薄暗い洞窟の中だった。あれは聖なる場所に立ち入れなかったからじゃないだろうか。
 いとこのイッちゃんは小さいころから頭が良くて、妙な呪文を知っていたけれど、勇者を頭からバカにして腹の立つヤツだった。
「ねえ、勇者」
 追いついてきた仲間たちが恐る恐ると言った様子で、声を掛けてきた。
「どうしたの?」
 どうやら仲間たちは私と魔王たちとの関係には気づいていないらしい。そこは良かったとひとまず胸をなでおろすべきところだろうか。私の頭は混乱したままで、どう返答していいのか言葉が思いつかない。
「勇者、向こうが言うにはね、新しい魔王がいるから相手してくれるって」
「……新しい魔王?」
 何だか嫌な予感がする。
 昨日、魔王城に潜入する前、母から受け取った手紙を懐から取り出す。こんな場所だというのに、魔法をかけられた伝書鳩で届けられた手紙。読むのは魔王を倒してからで良いと、お守りがわりに封も切らずに懐に入れていた。
 取り出して目を通す。内容は短いものだった。
『お婆ちゃんのお加減がよくないそうです。もし、お婆ちゃんに万が一のことがあったら、順番的に次の魔王は母がなることになっているので、よろしくね。お母さんより』
 がっくりと肩を落とす。
 嘘だ。うそだうそだうそだ、だって、こんなの。こんなのあり得ない。
「ねえ勇者、どうしたの?」
 いきなり頭を大地に打ち付け始めた私に、心配げな声を上げる仲間たち。
 いったい誰にどうすればいいんだ? 果たして、私にとって世界の敵はどっちだ?

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  • 2019年11月12日

猫のような男と暮らしている。


猫のような男と暮らしている。
 と、私は周囲に言い広めているが、それは周囲へのリア充アピールに他ならない。
 ミチタカは猫である。正真正銘、真っ黒なオス猫。しかも、本当は一緒に暮らしてさえいない。いわゆる通い猫という奴で、数軒先のササキさんちでクロスケ、ヨネザワさんちでジジ、女子高性からはヤマトなどと呼ばれていることを私は知っている。
 私がミチタカという名前にしたのは、彼に初めて出会ったときにちょうど見ていたドラマの俳優さんの役名だ。ミチタカというキャラクターは、そのドラマの中でいつも黒ずくめの恰好をしていて、家を持たず、定職にもつかずふらふらしていた。それを不満げに思っているのは彼女だと思い込んでいる女だけ。
 どんなに彼女に猛アピールされようとも、ミチタカは考えを変えず生きていた。まるで、猫のような男。私の目の前に現れた毛むくじゃらと同じじゃないか。
「ミチタカ」
 私はやってきた彼に餌をやり、ブラシでグルーミングしてやる。この首輪はどこの家でつけられたものだろう。彼に似あう青いベルト。
 野性的な食事を終えたミチタカにおもちゃを差し出し、彼の興味を誘う。
「今日が休みで良かった」
 ナオ、とミチタカは鳴く。私は思う存分、ミチタカが遊ぶのにつき合う。
 人懐こいのに、どうしてミチタカは通い猫をしているのだろう。ずっと部屋に閉じ込めてしまいたいと思うのに、私はミチタカが出かけてゆくのを止められない。
「ミチタカ、今日はうちにいてくれるんでしょ?」
 遊び疲れ、まどろみ始めたミチタカに問いかける。
 おっくうそうに瞼を持ちあげ、私を見上げたけれど、ミチタカはそのまま寝入ってしまった。
 ミチタカが人間であったら、私はどういう立場になるんだろうと考える。近いのはきっと平安時代の通い婚だろう。他の女たちに取られぬように、私は彼の興味を引いて、引き留める。いつか通って来なくなるのではないだろうかと、不安に思いながら。
 でも、ミチタカが本当に人間であったら、私はきっと別れを選択するだろう。誰かと男をシェアするなんて、どう考えてもできない。
「ミチタカが猫で良かった」
 私はミチタカの安心しきった寝顔を見ながら、休日の幸福に身をゆだねる。何もないけれど、この瞬間だけしか味わえない幸福を。

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  • 2019年11月12日

Christmas Rose


何ぞこれ。
 読み終わった感想が、まずそれ。
 なんていうか、そもそもこのタイトルは何なんだって話。
 『Christmas Rose Murder Case』日本語訳するならば『クリスマスローズ殺人事件』。クリスマスにはうってつけのステキタイトル。
 作者は聞いたことのない、カタカナの外人名。けれど、著者紹介見れば、生まれも育ちも両親も日本人と書かれている。
 写真は街中でよくみかける、ガードレールに軽くお尻をのっけて、ぼんやりしてるおっさんの斜め後ろ姿。はっきり顔は写っていないが、体型はアジア人。
 表紙とタイトル見たら、すっごくクリスマスローズが印象的なというか、もしくは重要な役割を持つミステリだと誰もが思う。タイトル見たら。それが私の記憶している限り、登場したイメージがない。花どころか、アイテムにもその名前がついていなかった。
 内容は、本格ミステリ。言わゆる閉鎖された空間での常識的には考えられないトリックを使った殺人事件。そう、ミステリ好きが三度の飯より好きなやつ。
 だから期待してこの本を購入したわけ。クリスマスローズ殺人事件なんて、クリスマスイブに独りでクリスマスケーキを食べながら読んだらピッタリな本だって思ったから。ミステリ好きなら誰もがやってる殺戮とトリックの聖夜。
 ところがどっこい。読み終わったらもやもやしまくりなわけ。本格推理を読み終わった直後の、さわやかすっきり感が皆無なわけ。ありえない。本当に無理。何この最悪のクリスマスは。
 海外ミステリだと思い込んで読んでたものだから、終盤までクリスマスローズが出てこない展開に何も疑問を持たなかったのよ。翻訳ものって、本国で絶賛されてるって紹介文あっても、半分くらい読まなきゃ何が面白いのかさっぱりわかんない本ってあるものだから。
 私みたいなB級好きでも、下手にあらすじに騙されると腹立たしいだけ。閉ざされた館での殺人なら、館ものでよかったのではないだろうか。惨殺事件があったかのように裏表紙には書かれていたのに、実際はただの毒殺だし。しかも、その毒ってクリスマスローズなのかと思ったら、ただの青酸カリだし。なんだよ、青酸カリって。チープすぎるだろ。もっと他に毒物あるだろ。
 評価としては、タイトル替えて、あらすじももちろん替えて、表紙もクリスマスローズ前面に押し出すのをやめろと言いたい。そこのポイントだけ押さえれば、当たり障りない普通の本格推理として認められる。普通に読める、とんでもじゃない本格推理。
 ここまで書いて思いついたんだけど、クリスマスローズの花びらは5枚。もしかして、殺された人の数を掛けてた? だったとしても、わかりにくすぎる。

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  • 2019年11月10日

小さな小さな奇跡


最悪のクリスマスイブだ。
 その場に集っている誰もが思っていても、口には出さず、アルコールと料理を口に運んでいる。
 クリスマスイブだって言うのに、男だけ。しかもメンバーはすでに学生ではない。学生時代の同窓会だ。
 忘年会やってる奴らもいるから大丈夫だよ、と言った幹事の言葉は大外れで、店の中はリア充だらけ。周囲との温度差が激しい。
 早々と二軒目へ。入った店がまた同じ状態で、アルコールが美味しく呑めない。この街にはリア充しかいないのだろうか。
 三軒目を探している途中で、
「今日はもうやめよう。心が痛くなる」
 誰かの提案でお開きになった。いつもなら時刻が変わるまで飲んでいるってのに。

 駅前でタクシーが捕まらず、歩いて帰ることにした。いつもほど飲んでないから、酔ってもない。
 いつもは通らない道を通り、大きく迂回して歩く。イルミネーションされた大通りと違い、街頭だけが明かりとなっている路上に恋人たちの姿はない。
 明かりがついているビルをみる。クリスマスイブだってのにまだ仕事をしているなんて、気の毒なことだ。俺はまだましなのかもしれない。
 視線をあたりに向けていると、どうやらその明かりの一つが自社のオフィスな気がしてきた。
「まだ残ってる人間がいるのか?」
 いつも通り20時頃、みんな帰ったはずなのに。時刻を確認すると23時を過ぎている。
 不審に思いながら向かう。
 
 オフィスから奇声が聞こえた。
 なんだ? 誰だ?
 こんな声を上げる人間はいない。
 コピー機の前に怪しい女性の後ろ姿。乱れた髪、服装。呪文のように何かを呟きながら、コピー機を揺すっている。壊れたらどうするつもりだ。それより、その服装――
「まだ残ってたんですか?」
 声を掛けたら、頭が沈んだ。
 髪や服装を整えたのだろう、シミズフミエは立ちあがる。恥ずかし気に顔を真っ赤に染め、どもりながら言う。
「ど、どうして、あの……どうしたんですか?」
 どう見ても慌てている。彼女らしくない。実に可愛らしい。

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関連小説「24日の24時
  • 2019年11月09日

煙突からの訪問者


「例えばさ、煙突に星が落っこちるでしょ」
 試験勉強中、リオが突然脈略もなく言い出した。この子は昔からこういうところがある天然さんだ。
「唐突に何さ。何の例え?」
 私は問題集から顔を上げて、一応話を聞く態度をみせる。じゃないと、しつこく絡まれるから先に対処しといた方が賢明って判断。
「で、落っこちた星がパンに刺さって」
「わかった。『アンパンマン』ね」
 先に名前を言ってくれれば分かるのに。
 それより、なぜ急にアニメの話題?
 例えばって枕詞はどこにかかってるわけ? 今、勉強してるのは地理歴史のはずなのに。
「あの時、窯の中で焼かれたのが、スターゲイズパイだったらどうなったんだろう。スターゲイズパイのどこが顔になると思う?」
 スター……なんだって?
 パイってことはアップルパイとか、パンプキンパイの仲間だろうけど。初めて聞く名前だ。
「待って。そのスターなんちゃらパイってのは何のこと?」
「スターゲイズパイ、見たことない? 『魔女の宅急便』にも出てきたでしょ」
 と、ドリンクを一口。
 私の頭はハテナマーク。
「可愛らしく美味しそうにデフォルメされて”にしんとカボチャのパイ”って名前になってたけど」
 リオの説明で、
「ああ、それなら記憶ある」
 確かに美味しそうに焼けてた料理だった。女の子の反応が最悪で、どう見たって美味しそうじゃんと思ったことを覚えてる。未だに食べたことないけど。
「あれのオリジナルっていうのか、本物が”星を見上げるパイ”なのよ」
「星を見上げるパイ? さっきスターなんちゃらパイって言わなかった?」
「日本語訳」
「あー」
 リオと話していると、自分が常識のないおばかさんのような気分になるのはなぜだろう。
 リオの知識が妙な方向に走ってるだけだとわかってるのに。
「画像見せたほうが早いか」
 と、リオはスマホを操作し、まがまがしい写真を表示した。
「これ」
「これは……失敗作じゃなくて?」
「こういう伝統料理」
 パイ生地の上に魚の頭やしっぽがブッ刺さってるんですけど。しかも複数。
「頭、どこになると思う?」
 リオはその画像を眺めながら、言う。
 ……何でそんなことを悩んでんだ、この娘。他にやることあるだろうに。

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  • 2019年11月08日

雪虫達の聖夜


「今日って雪降らせる必要あるの?」
 セツが口をとがらせる。
「どうせ、恋人たちのホワイトクリスマスだとか言って、カップルがいちゃつくだけでしょ」
 反抗期に差し掛かった健全十代女子は実に社会に手厳しい。
「そんなん言うたらあかんて」
「……僕たちは気象をコントロールできる立場じゃないんですよ……」
 メイさん、ジンさんになだめられ、口を尖らせながらも作業場から雪の素が入った袋を運び出す。戸口におかれたそれを私は裏庭にある客車車両に詰め込んでいく。
 全く、育っても可愛いなんて奇跡。マイエンジェル。言ったら一週間くらい口を聞いてくれないから声には出せない。ああ、母の愛しさは溢れそう。
「嬢ちゃん、天気予報で言ってただろ。今夜は雪だって」
 隊長がのんびり声を上げる。
「だからって、天気予報通りに行動しなくてもいいじゃん」
「別に天気予報に合わせてへんよ。天気予報は参考にしてんの。なあ、ジン」
「……予報は予報だからね……」
「意味わかんない」
 言いつつも、働いてくれる我が子は良い子。
 夫はクリスマスイブは実家の家業に忙しくて家に帰ってこれない。帰ってくるのは26日だけど、帰ってきた途端、疲れすぎて死んだように眠ってる。サンタも案外大変みたい。

 改めてコートを着込み、庭にでる。冷たく凍るような風が吹いている。ああ良い感じだ。
「隊長どう?」
「これはいい風だな」
「じゃ、出発しようか」
 私は車両に乗り込む。
「でも、ママ。この量じゃすぐに撒き終わっちゃうよ」
「深夜まで降らせたいの?」
 むすっと首を振る。一体どっちを望んでるんだか、可愛い。
 町の上空をぐるっと一周。雪の素を大気にばら撒く。風に流され、冷たい空気で凍り、雪になって降り積もる。
「私たち、雪虫みたいだね」
 セツは言う。
 雪虫なんてこの辺にはいない。それに”虫”なんて可愛くない。
「どうせなら雪の精って言ってよ」

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関連小説「Snow tale
  • 2019年11月07日

24日の24時


「最っ悪のクリスマスだあぁぁぁっ!」
 あたしは頭を掻きむしる。乱れてた髪がさらににぐっちゃぐちゃになるが、そんなことどうだっていい。むしろ、この現状を上司に見せつけてやりたいところだ。
 広いとは言えない事務所。むろん、聖なる夜に職場に残ってる人間なんて誰もいない。化粧は取れてるし、服もよれよれだし、この上髪がどうなろうと知ったこっちゃない。
 クリスマスまであと30分。つまり、ただ今23:30分を過ぎたところだ。そして、仕事は30分じゃ終わりそうもない。
 昼食の時、彼氏とデートとかいう浮かれた同僚から「どうしても早く上がりたいから、ちょっとお願いできない?」とか言う戯言を二つ返事で引き受けたら、コピー機は紙詰まりするわ、階段で転んで書類ぶちまけるわ、致命的な訂正箇所見つけて一から書類作成し直ししたらまたコピー機詰まって……今日の散々っぷりは人生の中でもとっておき。
「サンタのばかー! これが私へのプレゼントなの? 私に恨みでもあるわけ?」
 思い切り叫びたいっていうか叫ばせてもらう。誰もいないんだからいいじゃない。
 コピー機のやろう、動きゃしない。
 AIの指示通り電源落として、紙詰まり箇所を一通り確認して、紙を入れ直して、一からデータを飛ばして……。動きだしたと思えばまた『エラー』の文字。
 これは、このコピー機やろうが私とスイートなクリスマスを過ごしたいがための戦略なのか。私はこんなでかいA3対応複合機の彼氏なんか嫌だ。ちゃんと心臓動かして血液循環してる肉体をもった、出来ればイケメン細マッチョのモデル体型、そして私だけに優しくて強くてエリートでお金持ちの彼氏欲しい。贅沢すぎるけど、言うだけならただだろう。特に今日の、特に今の私には。
「動け動け動けっ。動いて、お願いだから」
 会社でクリスマスを迎えるなんて、絶対嫌なのぉぉぉ。
 願いが通じたのか、動きだした。ほっとしたとたん、
「まだ残ってたんですか?」
 男の声。私は思わずしゃがみ込む。この声は、この声の主は……手早く身支度を整え、ゆっくりと立ち上がる。顔は見なくても分かる。
「ど、どうしたんですか?」
 顔は向けられない。化粧崩れが散々なことはわかってるから、コピー機に注目したまま、背中で答える。
 なぜにこの状況で、こんな時間に戻って来られたんでしょう。あなたは。
「実は飲み会の帰りなんです。前を通りかかったら、明かりがついてるからどうしたのかな、と思って」
「ああ、そうですか……」
 クリスマスパーティーか。うかれやがって。
 
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  • 2019年11月06日

10:「トリック・オア・トリート!」


「ジャック・オー・ランタン!」
 容姿端麗冷酷非道眼鏡魔道師が絶対無敵な必殺呪文を容赦なく繰り出す。クールな横顔に揺れるマント、全体シルエット入っての魔法効果の見せ方。ここは二重丸。
 その後、コマが変わって大ゴマを使ってのドドーンと起こる大爆発。壊れる街並み、吹き飛ぶ残骸、そして巨大な敵に穴があく様子……ああ、本当にこの作者様って描きこみスゴイ。
 ただ、漫画を読んでいる人はみな思っているはずだ。なんで、毎度呪文の名前が変なの!
 人物の描写も風景のパースとりも理想的。キャラクターの作り込みもコマ割りの仕方もストーリーの展開も神ってレベル。なのに唯一許せないのは名前に関しての感性。シリアス寄りの話ばかり書くんだったら、適当にドイツ語とか、長々たらしい詩を詠唱するとか、格好良さげな漢字に意味不明な読みを振るとかやり方は色々あるはずだ。
 敵はその攻撃にも倒れず、生き残った部位から変体する。軽くなることでパワーは落ちるがスピードが上がる。仲間たちが別れて、分裂した敵に攻撃を加えてゆく。
 こういう中世風異世界冒険マンガで主人公が魔道師の場合、パーティー組んでメンバーはたいてい戦士とか舞踏家の攻撃系、そして回復系僧侶と系統の違う魔道師系と相場が決まっている。そして、隅っこで震えてるのは戦力にならない、可愛い道先案内人。
 魔道師は先ほどの攻撃で魔力を消耗し、疲れた色を顔に浮かべながらも、敵の前に立ちふさがる。魔道師の性格上、人助けは進んでしないが、立ちふさがるものは全力で排除する、という現実にいたら実に面倒くさいタイプ。
 相手はスピードが上がったからか、先制攻撃。近づいたのは失敗か、というところで、
「トリック・オア・トリート!」
 魔道師の必殺呪文が炸裂する。
 なんだよ、この呪文。最悪通りこして意味不明。
 私がこの物語に入りこめないのは、全部この呪文のせい。なのに、何故だか人気なんだよな、この作品。
 読み終わった雑誌を棚に戻し、コンビニを後にする。
 来週もまた立ち読みでいいか。

お題配布元:エソラゴト。さま →ハロウィンで10題
http://eee.jakou.com/


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