雨が頬を伝って、赤い唇を濡らした。
かたい唇はまた赤く色づいている。公園の一角に設置された、若い女性を思わせる石像の唇が色づき初めて何年になるだろう。何のおまじないなのか私には一向に分からないが、たぶん、やっているのは噂好きの女子高生だろう。
けぶるような雨の日である。傘をさすのもバカらしくて、私はコートを重く濡らしながら散歩している。犬でも連れていれば雰囲気も良かろうが、犬もいなければ、カメラも持っていない。私は早朝の街をただ、さまようように歩いている。
何年も歩いていると、散歩のコースパターンができる。その唇が赤く塗られている瞬間を見ることはないが、石像の唇がいつでも赤々としている様子を見ると、定期的に塗り直されていることはわかる。
女子高生が犯人であれば、きっと恋の願掛けなのだろう。いつでもその年代の女性たちの願いは変わらず、なのに、数年して大人になると、そのことを葬り去るかのように変容してしまうのはなぜだろう。
公園を抜け、歩道を歩く。交通量の多い道路だが、まだ朝早いこともあり、車はまばらだ。まるでこの世界から人間がずいぶん少なくなってしまったかのような印象。茫漠とした寂しさの世界。けれど、それが一時のことだとわかっているから、私は気が狂うこともなく歩けるのだろうか。
ただ歩く。単調な作業を繰り返す足とは逆に、思考はおかしな世界に迷い込む。日中であれば、人の気配があれば、この寂寞とした黙考の世界に陥らずに済むのかも知れないが、それならば散歩の意味がない、と私は考える。
主観道路を抜け、神社へ足を踏み入れる。通り抜けるだけだが、ここはいつでも清涼だ。心の中で「おはようございます」とだけ、神さまに挨拶し、私は家へ足を向ける。
世界はもうすぐ、目を覚ます。
お題配布元:
リライトさま →組込課題・文頭
http://lonelylion.nobody.jp/
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