俺が好きだって言うと、あいつは大嫌いだって言う。犬猿の仲じゃないよ、ただあいつが恥ずかしがり屋さんなだけ。ちょっと天の邪鬼なとこも女の子らしくて可愛いだろ。あいつの本心は俺が一番よくわかってる。本当は俺を好きっていうより、愛してるんだよ。
などと、あいつがふざけたことを抜かしてるところを偶然立ち聞きしてしまった。
背筋が泡立つ。
怖っ。キモッ。死ねよ、馬鹿。バカっつーより馬鹿ね。漢字で書く方の、本格的に頭のおかしい奴。
まじで、まじで、心の底から私、あんたのこと嫌いなんですけど。今まで何度も面と向かって言ってるし、思い切り避けてるし、これ以上どう対処しろって言うの、私に。
地球の反対側じゃまだぬるい。どっか、あいつのいない世界に行かなきゃ身の危険を感じる。何が良くて、私を好きになったのか。実のところ私は答えを知ってる。っていうか、私が原因の一端を担ってるっていう悲しい現実。
そのうえ先日、私は法的に名前が変わってしまった。長年親しんできた平松弥生から、悪夢の長谷川弥生に。くそっ。
あの魔法石を作った馬鹿野郎はどこのどいつだったのか。あんな立派で素晴らしい魔法石だったのに、失敗作とは……。
そのうち術はとけますよ、と誰もが、お気の毒にって単語を前後に挟みながら言ってくれるのが今の慰め。
巨大なお屋敷で何不自由なく、義理の両親、兄弟、親族の方々が全て私の味方っていうこの状況は、玉の輿願ってる女には夢の用だけれど、問題はその王子様の頭がおかしいってことだ。
ヤバっ。あいつ、私が見つからないことに据えかねて、魔法使おうとしはじめた。あいつの部下が止めてるけど、聞く耳もってない。魔法レベル違いすぎて、普通の魔法使いじゃ止められないだろう。あの部下、また新顔だし。
厳重に魔法効果無効処置がとられた屋敷内で魔法を使おうとするなんて、頭おかしい。あいつ、簡単な魔法は使えない癖に、ややこしい魔法は得意っていう意味のわかんないやつ。
魔法効果を無効化する処置ってあまりややこしい魔法には効かないのよね。大体、そんな複雑な魔法って、室内で唱えるもんじゃないっていう大前提があるから。
私は隠れていた壁から顔をのぞかせ、あいつの魔法をよく見る。これは、いよいよヤバいレベル。家鳴りしてるし、シャンデリア揺れてるし。
「この馬鹿!」
私の怒鳴り声を捉えたらしい。唱えていた呪文の詠唱をやめ、あいつが顔をこちらに向ける。広がる満面の笑み。怖い。
そんなとこにいたのか、僕の小鳥ちゃん。
口の動きだけで、あいつが何言ってるのかわかる。
私はアイツの一族からもらい受けた身を隠す魔法アイテムを一度全部足元に置き、もう一度身につけなおして場所を移動する。身を隠す系の魔法アイテムって、一度見破られたら効果がなくなるから、もう一度身につけ直せばまた効果があられる仕組み。よくわからないけど、魔法アイテムってそういうふうになっている。
隠れたのは奥の部屋。あいつが屋敷中探し回る前に電話する。
「仕事は?」
「弥生ちゃーん」
「仕事中でしょ」
「俺と君の間にそんな無粋なものが入りこむ余裕なんてないよ」
怖い、キモイ。
「いいから、仕事行きなさいよ」
「君への愛を囁くことは俺の最優先事項だよ」
「きちんと社会人してる人が好き」
「行ってく――」
ピッと素早くスマホを切る。
続けてキモイ言葉を吐きそうだったので、すぐさま切る。
お題配布元:
リライトさま →組込課題・文頭
http://lonelylion.nobody.jp/
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