「君、ここはどこだね?」
と、おじさんに声を掛けられたのはポチの散歩途中の路上。電柱の陰に隠れるように、そのおじさんは立っていた。見た目は普通にその辺にいそうな50歳くらいのおじさん。ただし、黒くて長いローブを着ている。お風呂上りに奥さんと喧嘩して家から追い出された、とか?
私はとりあえず変な人だという認識で、ポチの紐を手繰り寄せ、電柱に書かれた地名を指さす。『中野町1丁目』
おじさんはとくとくと見つめ、
「どうやら私には、こちらの文字が読めないようだ」
残念そうに首を横に振りながら言う。完璧な日本語をしゃべり、見た目いかにも日本人な癖してどうした。
「向こうにまっすぐ歩いていって、角を右に曲がって道なりに進むと左手に交番ありますよ」
ポチの紐をひっぱるが、ポチはなぜかおじさんの足元を嗅ぎまわりたくて仕方ないらしい。根を張ったように動こうとしない。
「交番? それは衛兵がいる場所、という意味かね?」
「衛兵?」
頭の中に浮かんだのはイギリスの黒い大きな防止に赤いジャケットの近衛兵。
「いえ、お巡りさん、ポリスですね」
日本人じゃないのだろうか。でも完璧に日本語しゃべってるし。私の頭の中、はハテナマークでいっぱいだ。強く紐を引き、ポチを無理矢理歩かせる。散歩の再開だ。ポチはしぶしぶといった様子で歩きだしたが、おじさんの姿が小さくなるとようやく散歩を思い出したらしい。いつも通り歩きだした。
翌日。庭で洗濯物を取りこんでいると、
「ヨネムラさん」
と、声を掛けられて私は振り向いた。何かとおせっかいな向かいのおばさんである。
「今度、この人、居候することになったからよろしくね」
この人とおばさんの腕の先にいたのは、昨日のおじさんだった。
「この人、こう見えてどっか外国の人なんですって。でも日本語ペラペラだから大丈夫よ。なんでもね、同僚のミスで飛ばされて来たんですって。でね、その同僚の人が迎えに来るまでこっちにいなきゃならないんですって」
「へえ、国際的なお仕事をされてるんですね」
なんで昨日、ローブ着て道端にたたずんでたのか知らないけど。
「不測の事態でこんなことになったっていうから、左遷かしらね。呆然自失として取るものもとりあえず引っ越して来ちゃったみたいでね、何も持ってないのよ。左遷っていうより、体のいい厄介払いとかじゃないかしら。ヨネムラさん、魔法使いって仕事知ってる? よくわからないんだけど、何する仕事なのかしらね。まさか絵本に出てくる鍋をかき混ぜてるおばあさんじゃあるまいし」
おばさんはよくわからない、を繰り返しながらずいぶん妙なことを言った。情報を聞きだすことにかけて、おばさんの右手に出る人はいないかもしれない。
お題配布元:
エソラゴト。さま →ハロウィンで10題
http://eee.jakou.com/
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