「愛し愛される甘いだけの関係にはもううんざりなんだ」
などと、北野の口からもたらされた暴言に、思い切りビールを吹きだしてしまった。
「はあ?」
「汚いなあ」
言いつつも、北野は追加のおしぼりを頼み、手際よくテーブルを拭き、皿を片づける。
北野から呑みにさそわれたのは先日のこと。離婚することにした、としょっぱな言われた。何事もなかった顔で北野はどうでもいいような世間話を初め、俺運ばれてきたビールやらおつまみやらを半分たいらげた。俺は聞き間違えたんだろうかと思い始めたところで、この発言。
小学校からの付き合いだから何年だ? 三十年以上か? お前何言ってるんだ、って言うの何回目だ?
「それが由美ちゃんが実家に帰った理由か?」
高校卒業と共に出来ちゃった結婚して、同級生の中で誰よりも大きい子供を抱えて、羨ましいくらいの幸せ家族してただろうに。
「俺はもうルリカがいないと生きて行けない」
しんみりと北野は言い、日本酒をあおる。結構呑んでるな、コイツ。
「……誰だよ」
「ルリカだよ、星宮ルリカ」
怪訝な顔をする俺に、仕方がないとばかりにアイドルグループの名前を上げる。そのアイドルが複数いるグループ名は知名度があるが、女の子の名前は聞いたことがない。
「誰だよ」
「まだランキングも低くてさ、知名度もないんだけど、俺の力でこれから成長していくんだ彼女は」
ナニイッテンダ、コイツ。
「お前には嫁も子供もいるだろうが。何血迷ってんだよ」
「あいつらはもう俺がいなくても生きていける。息子もここで高校卒業だしな。これから俺はルリカのために生きることにしたんだ」
「由美ちゃん、何て言ったんだよ」
「応援するって」
「本当か、それ」
言いそうではあるけど。主に家事やってたのが北野で、主に稼いでたのが由美ちゃんだし。
「円満離婚だよ」
奥さんがアイドルの追っかけやりたいって別れる場合、大方の旦那は止めるだうが、反対だとすんなりいくものなのだろうか。
「俺はこれから忙しくなるんだ。仕事掛け持ちして資金ためて、ルリカちゃんを全力で応援しなきゃいけなくなるから」
喜々として語る北野の夢は、ただの夢である方が幸せそうだなと思いながら、俺はビールで言葉を流し込んだ。
お題配布元:
リライトさま →組込課題・文頭
http://lonelylion.nobody.jp/
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